山瀬光一の日常-5

AM 08:16

 じんじんと痛む左腕の湿布を交換し、ベッドから降りる。
 今日はバイトだ。怪我の言い訳には特に困らないが、今日は袖を捲らない方がいいだろう。
 洗濯カゴを持ち上げると、少しの鉄臭さが鼻をつく。
 昨日のアウター、そしてボトムスだけを洗濯槽に放り込んで、洗剤と漂白剤を若干多めに入れてスイッチを押す。家を出る時間までには終わるだろう。残りの汚れていない服はまた後日。
 ベッドに腰掛け、サイドテーブルに値引きシールの貼られた惣菜パンと『朝専用!』の文字が踊る常温の缶コーヒーを置き、布団にくるまりながらモサモサと口に押し込む。
 昨日と同じ静かな朝、にはならなさそうだった。今日は資源ゴミの日、そしてカラスの非番だ。
「だから! テメーの常識はどうなってんだブッ殺すぞ!」
 予想通り。
「ペットボトルは洗えラベルを剥がせフタを取れ、そして調味料のボトルは混ぜるなってあと何回言わせる気だクソが!!」
「ハァ!? んなちっせーことでガタガタと――」
「小さいこと? 小さいことって言ったのか俺の仕事を! テメーみたいなのがいるから俺の仕事がだなあ!」
 カラスと井坂(一〇二号室の住人。バンドマン)の間で、無限に罵詈雑言が増幅されていく。
「んな面倒なルール一々守ってられっかって話だよ! 俺だって暇じゃねーんだよ!」
「ここまで全部踏み倒すクソバカはテメーだけだド畜生が! 山瀬を見習え! アイツの分別の丁寧さを! 間違ってたらすぐ認めて直す謙虚さを!」
 唐突に出た名前に、缶コーヒーを傾ける手が止まる。
「……本当、見る目がないなあ」
 カラスがいつか悪いやつに騙されるんじゃないかと、他人の事ながら少し心配だ。
 カーテンレールに干していた昨日の洗濯物の乾き具合は上々。が、バイト先の制服の胸元が妙にシワになっている。
 実験台に丁度いい。黄色いビニール袋から、昨日手に入れたばかりの衣類スチーマーを取り出す。
 説明書通りに水を注ぎ、スイッチを入れて三〇秒待機。エプロンの裾を引っ張りながら、蒸気を吐くスチーマーを押し当てる。軽く往復させると、見事に皺が消えた。
 思っていたよりは便利だ。アイロンすらなかったこの部屋には十分過ぎるくらいの代物。たったひと手間さえ面倒になるまでは使えそうだった。
 辺りを見回す。カラーボックスの一番上、電気ケトルの横に丁度いい空きスペースがある。
 コードを束ねてスタンドごと置くと、衣類スチーマーは誂えたようにそこに収まった。