山瀬光一の日常-4

PM 06:52

 (桜くんに会って、夕飯を買ってあとは帰るだけ……それで終われば、平和な休日で済んだんだけどなぁ)
 一両後ろから、ちらちらとこちらを見ている男がいる。見ているだけならまだいい。けれども奴は自分の姿は隠したつもりで……しかも、地下鉄の改札を通る直前から、ずっと『見張っている』。
 今なら確実に撒ける。けれども禍根を残す方が面倒だ。
 自宅最寄りの駅、その二つ前で降りる。男はやはり同じ駅で降りて、スマホで何処かに連絡を取っている。想定通り。
 駅の周りは際立った特徴のない、昔ながらの住宅地。山に沿うように作られたアップダウンの激しい道を、黄色い袋とコンビニの白いビニールを提げて、まるでこの近所に住んでいるかのように装って歩いていく。
 古くなった蛍光灯の瞬く、滅多に人通りのないボックスカルバートに立ち入り――丁度真ん中で振り返る。
 俺を尾行していたのは、五人。
 黒パーカーに、グレーで統一されたマスク。どこの不良漫画に影響を受けたのか。ネタ元を考察していると、集団の一人が一歩前に出た。
 マスクが顎の下に引き下げられて、その顔が顕わになる。
「久しぶりだなぁ、クソ野郎」
 記憶にあるよりも少し精悍になっただろうか。だが、浮かべる表情はまるで変わっていない。
「……えーっとごめん、誰だっけ」
 余裕ぶった顔が一瞬で崩れ、地の憤怒が顕になる。
「あはは、ちょっとからかっただけだよ。……そっか、ワタベはつまらないことをして一人だけ先にブタ箱行きになったね、そういえばそうだった」
「テメェ山瀬……ッ!」
 激情にかられかけたかつての仲間は、すんでのところで殺気を押さえて呼吸を整える。
「……テメーに挑発されるまでもなくよ、コッチはずっとキレてんだよ。――――テメーは、ここで殺す」
 背後の仲間から、ワタベの手に鉄パイプが渡される。ヤンキー映画のワンシーンのような大仰さに、思わず煤けた天井を見上げる。
「何日もかけて入念に練った計画のつもりだろうけどさ、ツメが甘すぎるよ」
「あ?」
「少人数で叩くなら奇襲、囲んで確実に仕留めたいならもっと大人数を連れてこないと。なのに尾行はバレバレ、呆れるくらいの少人数、オマケに俺にいいように誘導されて……なんて言ったっけ、『テメーはここで殺す』? ワタベには永遠に無理だね、寧ろ『よく四人も集めてきたね』と言いたいよ」
「――ッ!」
 殺意がワントーン濃さを増す。
「まあいいや、夕飯もまだだし手短に済ませようか」
 壊れたり潰れたりしては困るものばかりが入ったビニール袋を端に寄せる。
 左足を一歩引いて半身になり、手のひらを上に向けて指先だけで手招きする。
 今にも爆発しそうな緊張が静かに圧力を増していく。 
 ワタベの口の端が、何か言うのを必死に堪えるようにぎゅっと歪む。目が揺れる。躊躇い? それとも……『何かを俺に聞きたがっている』? 嗚呼、こっちの解釈のほうがしっくり来る。
 けれどもその真相を確かめる機会は――次の瞬間を以て、永遠に失われる。
「ッあああアアア!!!!!!!!」
 ワタベの腰巾着の一人が、耐えきれなくなったかのように飛び出してくる。遅れてバラバラと残り三人が飛び出してくる。散々躊躇っていたワタベも同様に。こうなっては連携も何もあったものじゃない。
 全く。これだから――――。
 呼吸を止めて踏み込む。振りかぶられた鉄パイプの懐に、一瞬早く飛び込んだ。