俺と彼女の暗殺行-8

「聞いたか、聖王都の大聖堂焼けちまったんだってよ」
「アレ焼けたのか!? ……絶対に崩れも焼けもしないで一〇〇年後にも存在しつづけてそうだったんだけどなあ……」
「大司教とその側近も死んじまったんだってよ」
「そりゃまた……神の家に仕えてても別にいい目は見ないものなんだな……」
「結局人間なんてカミサマの前では平等ってことだろ……ほらいくぞ、そろそろ送りの竜車が出る時間だ」
「へいへい」
キツネ顔とタヌキ顔の二人組の冒険者が、互いの装備を持って気だるそうにギルドに近づいていく。
ギルドの前には、既に目当ての竜車が止まっていた。
御者が手元の紙と、目の前の木箱を神経質なまでに数えていた。
「ラヴールへの荷物はこれで全部だな?」
「ええ、はい……」
「ではこちらの紙にサインを。何か適当な記号で構わない」
迷った女性が✕を描くと、御者がその紙を半分にちぎり、片方を女性に渡した。
「帰りに受け取り証を渡しに来る。後払い分の報酬はその時に」
「は、はい……あの、よろしくおねがいします」
おずおずと頭を下げる女性に軽く会釈し、御者がてきぱきと木箱を荷台に積み込んでいく。固定用のロープを結ぶ手付きは、やはり神経質だった。
「あのー、冒険者ギルドからの紹介の者なんですけどー」
その声に御者が振り向く。
「途中の谷までの連中だな。荷物は好きなところに積め」
「へーい。……うん?」
タヌキ顔の冒険者が、荷台の脇に注目する。
「護身用にしては随分物々しい槍っすね」
黒光りする槍はひと目で魔獣素材のものだとわかる。
「色々あって手にいれたんだよ」
「……なぁ、」
「売る気はないぞ」
「えっなんでわかったんすか」
「今まで何人に同じことを言われたと思ってるんだ。思い入れが深いんだ、冒険者を引退したからって売る気はない」
「……ちょっとだけ」
「触ったら切り落とす」
「何を!?」
そんなやり取りを経て、ようやく乗員と荷物が乗り終わる。
ギルド長が出てきて、御者と出発前の挨拶を交わす。
「いやー、ヴィンスさんがいてくれて助かりますよ! 道中気をつけてくださいね!」
「ああ、行ってくる」
「……やっぱりギルド専属になってくださる気はありませんか? 仕事のない時も十分な球菌を出すつもりでいるのですが……」
「いや……元いた町のギルド長との不仲がきっかけになってギルドを引退してしまったので、専属はお断りしているんです」
「こんな働き者をみすみす逃がすなんてソイツは何をかんがえていたんでしょうね! ……気が変わったらいつでも声をかけてくださいね!」
苦笑いを返し、御者――ヴィンスが竜車がゆっくりと発進させる。
……クソジジイとの不仲がきっかけでムキになって個人で依頼を受けて、魔獣に殺されかけて、レイラと出会って――――随分と遠いところに来たな、と一人思い返しながら、ヴィンスは町の門を潜った。

生き残った俺に残されたのは、竜車と十文字槍、そして我が身だけだった。
レイラを失っても、失意のどん底に叩き落されても、生き残ってしまった側には明日の生活という現実が重く伸し掛かってくる。……そう、結局鞄を回収できず、ほぼ無一文になろうとも。
「貴方のことはレイラと一緒に焼け死んだと報告しておくよ。……あとは好きにしなよ。ダールトンの町でのことも、しばらくすればほとぼりが冷めるだろうし。もう二度と会うことはないだろうね」
それだけ言い残して、少年の形をした処刑人は、ルクスルフトの近くの町に俺と竜車を置いて、どこかへと消えていってしまった。
「好きにしろと言われてもな……」
……兎にも角にも、収入が必要だった。けれども再び冒険者ギルドの世話になるわけにはいかないと悩んでいたところに……成り行きで荷物と人を送ることになった。その評判を聞きつけ、次の依頼。さらに次の依頼。案外需要のあったらしいフリーの運送業はなんと軌道に乗り、今に至っていた。
冒険者の頃に比べれば、俺はかなり自由だった。好きなところに行ける。依頼に拒否権がある。どうしても危険な場所を通るのであれば……それこそ、仕事に飢えた冒険者に金を回せる。
あの頃に比べれば、嘘のような身分だった。竜車を持つような経済力のある他の業者も少なく――――竜車の正式な相場を調べて少し申し訳なくなってしまって、手近なギルド経由でフローレアには弁償金と手紙を送った。あちこちの町を回っているので、その返答が俺に届くことはないだろう。
「今日の夕方にはこの場所に迎えに来る。絶対に乗り遅れるなよ」
「うーい気をつけます」
「御者さんもこの先気をつけてー」
軽く手を上げ、竜車を加速。
……ラヴールまでの道中は、たまに魔物の被害が報告されている。ここからは、一層気を引き締めていかなければならない。
小石ばかりの道を、慎重に走る。
地竜が少し不安そうに、足を止める。
直後、脇の茂みが大きく揺れる。石突を軽く引いて固定具を外し、槍を装備する。
名状しがたい咆哮。爬虫類種特有の縦に細い瞳孔が、俺と地竜をねめつける。
亜竜種ではない、精々がその手前の火炎蜥蜴系の何かだ。それでも油断をすれば死ぬ相手であることは確実。
速攻で片をつける。槍を右に大きく振りかぶり、そして、

火炎蜥蜴が、上から降ってきた赫い閃光に圧殺された。

見る影もなくなってしまった蜥蜴から、顔を上げる。
金色の長髪、赤く燃える双剣。それは、その人影は、
「よう、危ないところだったな」
地獄のように赤い目を髪の間から覗かせ、快活に笑う。
「この辺は用心棒でも雇わねーと危ないぜ?」
「レイラ……!! お前、生きて……!!」
「色々あって、ギリギリな。……ほら、泣くんじゃねーよ。しばらく見ない間に、折角いい顔するようになったってのに」
「泣いて……グスッ、泣いてなんか……!」
顔面を伝う塩辛い汗が何故か止まらない俺を、頭一つ身長の違うレイラが抱きしめる。
「探したぜ、散々。リュカがどこに行くかなんて、まるで見当もつかなかったからな。ペテロ村にも行ってみたけど、一瞬で叩き出されちまった」
「お、俺も、どうせお前のことだから、すぐに追いついてくると……!」
「悪い、心配かけた」
どれだけそうやって再会を喜びあっていただろうか。ようやっと、ヴィンスとレイラが互いの顔を見る。
「払える対価はねーけどよ、もう少しお前の竜車に乗せてくれねーか。こっから町まで遠すぎるんだよ」
「馬鹿野郎、そんなこと気にするな。とりあえず、さっき出てきたアウレスの町まででいいか」
「どこでも構わねーよ。……ったく、あそこで気持ちよく豪快に、今までの罪も全部贖って死ぬつもりだったのによ」
「縁起でもないことを言うな。……それが、生きるってことだろ」
「あーあ、面倒くせーな!」
レイラは笑い、荷台へと軽々と飛び乗る。
ヴィンスは苦笑して、御者台で手綱を振るう。
一人と一人で藻掻いていたときよりも多分明るい明日があると、その時の二人は、根拠もなく信じることが出来た。