俺と彼女の暗殺行-5

教会の裏庭で槍を構える。
眼前には即興で作った練習用のターゲット。筒に枝を挿し直すだけで、簡単に再利用が出来る。
まずは槍の間合いから一歩離れた距離。フローレアの町でやっていたように、狙う高さを変化させながら、基本に忠実な槍捌きを再現。
次に少し離れて、同じようなターゲットを3つ並べる。まずは雑に一薙ぎ。触れてもいない枝が三つとも切断される。
高さを変え、薙ぎ払う角度や方向、威力を変え、狙ったとおりの斬撃、遠距離斬撃、通常の斬撃、また遠距離、と出力をピーキーに変える訓練。
息を吸い、一瞬止め、横に大きく振り払う。
真ん中だけを斬るつもりが、両脇の枝も先程と大して変わらないタイミングで落ちる。
……一撃の範囲を狭めるのは、今の段階では難しそうだ。
それなら逆に一撃の範囲を拡げてみるのはどうだろうか。例えば自分の周囲を円状に――――。
「ここにいたのかヴィンス」
振り向くと、そこにはレイラが立っていた。
「レイラ、もういいのか」
「おう、毒は多分抜けた。それより体が鈍って仕方ねェ……俺も剣取ってくっかな」
「他所でやれ! テメーもだヴィンス!」
追いついてきたギリアンが叫ぶ。
「そんだけ元気ならもう面倒見なくて大丈夫だな!? ならさっさと行きやがれクソが!」
「あーそうかよ、俺だっていつまでも足止め食らうのはゴメンだ。……ヴィンス、準備は出来てるな?」
「……当然だ」
待ちに待った言葉に、ヴィンスはそう返すのがせいぜいだった。
ギリアンに向き直る。
「ありがとうな、色々と助けてもらって助かった」
「手間取らせやがって。もう二度と来るんじゃねーぞ」
「金貨を握ってきても駄目か?」
「………………駄目に決まってんだろ。ったく、人助けなんざ俺のガラじゃねーんだよ、とっとと失せろ」
邪険に手を振る司祭服のギリアンに、ほんの少し頬が緩む。
レイラの手も借り、荷物を再度竜車に積み込む。
俺らが荷物を運び終わる頃には、ギリアンの手で地竜が竜車に繋がれていた。
「……これも銀貨5枚のサービスの内か?」
「さっさと出てけってことだ! あばよ!」
ギリアンが勢いよく教会の内に引っ込み、オンボロの扉が勢いよく閉まり、微妙に傾いた。
ヴィンスが御者台、レイラが荷台。いつもの位置に納まったところで、ちらりと教会を振り向く。
「いいのか? 互いになんだかんだ言ってたけどよ」
「いい。俺が何か言っても、余計頑なになって出てこないだろうからな」
一息置いて、手綱を振る。
竜車が徐々に速度を上げていく。
3日世話になった村が後ろに流れていく。俺は一度も振り向かなかった。
「……どっちも素直じゃねーの」
レイラが後ろでつぶやいた。

茂みから飛び出してきたブラストベアーが脳天から真っ二つに切り分けられた。
「……本調子の数歩前ってとこか」
数歩前でこれか。
呆気にとられたヴィンスが、しばらく絶句した後に口を開く。
「大丈夫なのか、それで」
「大丈夫でさえいれば殺れる相手ならいくらでも回復を待つけどよ」
血振り。
「俺のポカのせいで大分時間喰っちまった。これ以上奴らに対策を練らせる前に殺ってやる」
「方法は?」
「町に入ってから考えるさ。……どんな野郎だろうが、隙がねえってことは絶対にねえからな」
レイラが遠くを睨む。
ルクスルフトの白い防壁は遠くから見てもかなりの威容を誇っていた。
「ヴィンス、ここからなら歩いてでも行けると思うか?」
「どうだろうな。大きすぎるから近くに見えるだけで、実際には日が暮れるまでに辿り着くかあやしいんじゃないか」
何故レイラがそんなことをいい出したのか。一つ心当たりがあった。
「アンタまさか、ここまででいい、とか言い出さないよな?」
沈黙。
それが答えだった。
「最初っから俺の仕事はアンタをルクスルフトまで連れていくことだ。そう言った以上、最後までついていくさ」
「……お前、わかってんのか。豚野郎を殺りに行くってことはよ、護衛のお前のトモダチも容赦なく巻き込むってことだってよ」
「あんたこそ。俺だってアンタの元仲間に顔を覚えられているし実際に狙われているんだ。試しに一人にしてみろ、油断した次の瞬間には俺の首が落ちてるだろうさ」
「…………」
「俺だって、生存確率を上げたければ死地に飛び込むしかないんだ。……弱かろうとなんだろうとな」
「……そうかよ。死んでも知らねーぞ」
「好きにするさ」
草を食み終わった地竜が小さく鳴き声を上げた。
再出発。街道を外れて久しかった俺たちの竜車が、ようやく他の竜車とすれ違うようになる。どれもこれも、ルクスルフトでの交易を済ませた行商人の竜車ばかりだ。
のんびり、のんびり、地竜が一歩進むごとに、ルクスルフトが近づいてくる。
(……いよいよだ)
レイラは再びフードを被る。ヴィンスもレイラを真似て、フードを深く被った。

ルクスルフトの街は異様に綺麗だった。
牛乳に蜂蜜を混ぜたような黄みがかった乳白色で統一された建造物を始め、何もかもが整然と整いすぎている。建物の高さ、石畳の大きさ、全てが計画されて作られたかのようだった。
すんなり見つかった宿に竜車と荷物を預け、ダールトンの町で急襲を受けた反省を活かし、フィールドワークの装備に匹敵するくらいの備えを持って町に繰り出す。
革製のカバーをつけた槍を肩に担ぎながら、隣のレイラをちらりと見る。頭ひとつ低いレイラの顔は、例によってフードで隠れて伺えない。
……レイラはどう動くつもりなのだろうか。
宿を出てから、レイラは殆ど口を開かずに辺りを注意深く見回している。
「なあ、レイ――――」
突然腕を強く引かれ、体勢を崩す。
「町中で大声で名前を呼ぶな。どこでリュカの野郎が聞いてるかわからねえ」
耳元で小声で囁かれる。
「わ、悪い……」
「そのまま聞け。……オーギュストの野郎を見つけた」
「……本当か?」
急展開にも程がある。目当ての町について幾許も立っていない。
心拍数が上がる。傷だらけになったレイラ、真っ青になって死にかけているレイラの姿が、未だに記憶に新しい。
「お前はそのまま進め。さっき竜車で通った噴水の広場があるだろ、そこで集合だ」
「……いくらなんでも簡単すぎる、罠じゃないのか」
「そうだと思ったらすぐに引き返してくるさ。安心しろ、無茶はしねぇ」
「俺も行ったほうが……」
「こっそり行ってこっそりブッ殺すのは俺しか出来ねぇ。……周囲の警戒を怠るなよ。わかってるだろうが、どこにリュカの野郎が潜んでるか油断ならねえからな」
「……気をつけろよ」
「わかってるっての」
そう言うと、レイラはするりと離れていった。数歩も歩くと街の風景に同化した、地元の冒険者のような風体になる。
さて、俺はどうするか。あまり下手に動くわけにはいかない。よそ者らしくそのあたりを物色して回るのが得策か。とりあえず人混みは避けたほうがいいだろう――――と考えていると、誰かに肩をぶつけられた。白を基調とした清潔な服。貴族階級の護衛……いや、多分聖騎士だ。
100%相手が悪いが、今は争いのタネを一つも増やしたくはない。
身を縮めてやり過ごそうとすると、
「おや? ……君、まさかとは思うけれど、ヴィンスかい?」
…………聞き慣れた声が、した。
「人違いだ。急いでるんだ、これで失礼する」
「そんなつれない態度をしなくてもいいじゃないか。それに君、さっきまで往来の真ん中でぼうっと突っ立っていただろう?」
「……突っ立ってたことをわかった上でぶつかって来たのかよ、ナルニア」
フードの下から睨みつけると、天使のような顔がこちらを見返す。
……第二印象以降が最悪だと知っていても、慈悲深さ、寛容さをを錯覚させるような甘やかな顔は相変わらずあまりにもよく出来ていた。よく見ると服の装飾がその辺で警邏をしている聖騎士よりも二段階くらい豪華だ。神々しさが無駄にかさ増しされている。
「そんな怖い顔をしないでほしいな、三年ぶりの再会だというのに」
「あんな別れ方で俺がお前に尻尾を振るとでも思うのか?」
「心外だなあ、僕そんなに酷いことした? 第一、君が騎士団に入れなかったのは実力のせいだろう?」
……三年前から変わらないどころか、更に悪辣になっている。ギリアンの評から毒舌分を引く必要はなさそうだ。
「出会えたのが嬉しいのは本当だよ? 今はルクスルフトに詰めているから、もう故郷の町の人には会えないと思っていたからね」
「……どこまでが本心なんだかな」
「本当だよ。……そうだ、一緒に昼食でもどうかな? 折角の再会だし、レストランのお代は僕が全て持つよ」
「……悪いな、人と待ち合わせをしているんだ」
「人って、さっきの金髪の子? ヴィンスも隅に置けないね」
「あいつとはそんな仲じゃ……」
はたと気がつく。レイラは深くフードを被っていた、ナルニアが通りすがった程度で髪色がわかるはずはない。
飛び退ろうとした時、全身を打つような衝撃が走る。
……腹部に突きつけられた、奇妙な形をした短剣。ナルニアが昔から使っている魔剣、効果は雷石と同じ――『対象を雷撃で一時的に行動不能にする』。
力が入らない。槍がヴィンスの手を離れ、石畳に打ち付けられる。
崩れ落ちるヴィンスの体がナルニアに受け止められた。
「どうしたんだ、大丈夫か!」
白々しく、絶妙に大仰ではない台詞。突然のことに注目していた周囲が、一斉に高位聖騎士に同情的な協力者に変わる。
クソッタレが。精一杯の悪態は、ヴィンスの喉を震わすことすら出来ない。
ナルニアの腕が軽々とヴィンスを持ち上げ、肩で支える。
「僕の古い友達なんだ、教会につれていく、通してくれ! ……そこの君、その槍を持ってくれないか! 彼のなんだ、……ああ、ありがとう! 恩に着るよ……」
周りが高位の聖騎士の必死の頼みを勝手に聞いて動いていく。
遠のいていく意識の中、動けないヴィンスはただ激動していく状況を眺めることしか出来なかった。